備忘録

夢とか白昼夢とかのメモを薄くしたり濃くしたりしたやつだよ。カルピスと一緒だね。

玉依姫

(経緯。ある人に会うための旅に、用心棒として、武術・呪術に長けた女をあてがわれる。教会のような場所で町を紹介され、城を訪ね、追い出される。)

……城郭が揺れた。と、いくつも首を持つ巨大な金竜が姿を現わす。耳を聾す咆哮と地鳴りは雷のよう。三つ首までしか見えていないものの、その威容は疑いもなく八岐大蛇であった。

蝉の羽ほどに薄い呪符を、何度も二本の指で撫ぜ、鋼のように硬化させる。これは貧相ではあるものの、一振りで岩山をも穿つ〓〓〓。女が見当たらないのは気がかりだったが、今を逃すわけにはいかず、自分にも確かにできるはずだと宙を踏み、大蛇を裂いた。轟音、山腹の崩落、そこに立つ数多の家屋の粉塵。

やがて女が歩いてきて、ああ、こんな〓〓があったなんて。と道端の土塊から小皿を摘まみ上げる。私たちは次の場所、被害を免れた絡繰屋敷へと足を踏み入れた。

屋敷の一室から音がする。隙間を覗き込んだ女は、息を飲んだ。彼女が見たのはこの物語の冒頭で自分が押し倒され今にも薬を嗅がされる一幕、女が見ている彼女自身と目が合う。繰り返しの輪に入ってしまったか? その術にかかったのであれば……気づくと背後に黒い影、暗転。

女とはぐれた私はその面影を座敷で見つける。布を張ったコケシのごとき頭に、筆で書いた七竅。面食らった私に向かって頷いて見せるのは「気づかない振りをしろ」と言いたいようだった。面布からはほかにも、朱で書かれた幾何学的な紋様と「俱利伽羅」「玉依毘売」の字が読み取れた。では、この人こそが私がお会いすべき要人、玉依姫その人だったのか? 「〓〓の蔵の目録を持ってきて」、彼女(の霊を封じられた人形)は囁いた。想起されたのは商店街の入り口にある高札、そこに描かれる山男。そこで目が覚めた。

頼まれごとをしたのに、置いてきてしまったことが悔やまれる。どうしても思い出せないのだが、どこの蔵だと言っていたのだろう?‬

ブルーのことなど

・「私の目は誤魔化せん。持っていくブルーがすぐに無くなると信じていた」

「ブルー」は試薬で、私はそれを持ち出したと疑われているらしかった。

夜店で売っているかき氷は薬っぽい味で、そこも含めて好きだ。どう考えても体に悪そうな色をしているので、絵の具を舐めているような気持ちになる。食べる用に作られているという意味では、絵の具より健康食品寄りといえる。

つい最近になって、ブルーハワイやレモン、メロン、イチゴといったあのシロップが、色違いなだけで全部味は同じなのだと聞いた。本当かどうかは知らないが、もしそうなら視覚情報とは強いものだと感心する。本当かどうかは確かめていないが、しばらく騙されたフリを続けるために調べないでおこうと思う。

 

・バイクに飛び乗ったところで横転し、「そう思ったのが運のツキである」とナレーションが入る

口調から察するにギャグシーンのようだった。調子に乗って飛び乗った(乗る、で掛かっていますね)と思われているらしく癪である。

バイクにも車にも乗れない、免許証がないからだ。しかし免許を取ったところで運転していいのだろうか? 私の運動神経を知る家人や友人は「お前の運転する車には乗れない」と言う。謙虚なことである。

自転車でも、傘やラケットなど長い得物をハンドルのあたりに持つと、もう車幅がわからなくなってしまう。そもそも自前の肉体に乗っているだけで物にぶつかるので、当然といえる。空間把握能力が搭載されていないようである。

 

・「ぼくは2人が幸福にぶら下がっているとは思わなかった。むしろ幸福が2人にぶら下がっていた」

風船にぶら下がって2人で宇宙に行く様子を見る少年の独り言。私にはアドバルーンに見えていたが、少年にはそれが幸福の象徴だったのかもしれないし、私の聞き違いかもしれない。

よくショッピングモールで風船を持つ子どもを見かける。私もほしいのだが、もらうことはない。

埴輪

鄙びたバス停で降りた先の小さな書店。

その店のレジを左に見て右側は、接ぎ木したように体育館になっている。性齢関係なしに色々な人がいた。奥の舞台のそのまた奥の壁は木の板で、その辺りにだけ、異様な緊張が満ちていた。今にも、その板が割れて、中に充満した何かが雪崩れてきそうな気配が。

その中に私はいた。

壁の中は暗闇だが、足元が土と草むらなのは何故だかわかった。かなり高い位置、体育館の天井くらいのところまで土手のようになっていて、その縁にかじりついているのだった。目の前には無数の人がいて、私も含めて埴輪ほどの大きさである。誰もが、点描で白を打ったように微かに発光していた。もう限界だというところまで我慢して、どうしてこの、落ちたくないのに落ちる状況にいつも放り込まれるのだ、と思った。それから、たぶん体育館の壁にあたる足元のベニヤ板が割れ、耳を聾す崩落音、気絶、暗転。

気絶している間、虚無空間とでもいうべき場所にいた。意識だけで宇宙に浮いた気持ちになり、あの大勢の埴輪は壁の外に出れば人間の大きさになるのだから、目覚めたらきっと酷いことになっているのに違いない、目覚めないでいたい、みんな死んでいるだろうし、落下して押し潰されるのだから形もわからないだろう、と思った。目覚めてみると、その通りだった。

朝未だきの暗さに似て、体育館の中は月光の青さで微かに見渡すことができる。といっても室内であるし、電気もなく、何が光源になっているかわからない。一面が泥と死骸であった。腕の断面や鳩尾から裂けて零れた臓物が、その水気のために光をぬめぬめと照り返している。青い光が一種モノクロのような効果を果たしているからわからないだけで、泥ではなくこれも人間の一部だったかもしれない。

このような凄惨な光景を生まれて初めて見たので、呆然としてしまった。まだ私の上にも肉塊が積み重なっていたが、這い出す気になれなかった。

カンバラさんのことなど

・カンバラさんを探している。写真によると30代になろうかというエンジニアの女性で、黒い髪を高い位置で括り、黒縁のメガネをかけているはずだった。地下1階の手工業工場にはいない。ヘッドセットからオペレータの指示が出るので、それに従って地下2階へ降りる。当然だが上の工場によく似た作りで、しかし作業台に乗せられているのはたくさんの乳幼児だった。

工場は面白い。何を作っているのか、仕組みも何もわからなくたって、ワクワクするというものだ。ずいぶん前に精密機械だかの工場へ見学に行ったが、油圧で部品を磨いているのや、たくさんの機械が一心に動いているのを見るのはなかなか壮観であった。

人間も一心に働いていると機械のようで面白い。没入状態ははたからは忘我のように見え、動いていても魂はここにないのだな、と思う。動いている機械の類も、我々が見ているその間だけは魂がないだけで、物置にしまわれているときなんかは色々なことを思うに違いない。

 

・死んだフリをして消えてしまった男から連絡が入り、最新の情報を得る。「私か? 私は、今は遺体安置所にいるよ」と言って通信を切られた。傍受を予想した暗号なのだろう、おそらく「モルグ」に何か意味があるのだな、と考えた。同時に、男の声の後ろに汽笛が聞こえたようでもあり、もう出航したのか、とも思った。

醒めてから調べてみたが、モルグには「資料室」という意味もあるらしい。偶然にしてはよくできているので、どこかで得た知識を脳みそが思い出してくれたのだろう。私が何も憶えてなくても私の脳はこうして勝手に記憶しておいてくれる。便利なことである。

昔、千葉だか東京だかから九州まで船で行ったことがある。船旅は楽しかったが、海風よりも夕陽よりも記憶に残ったのは、食品の自動販売機だ。おにぎりやたこ焼きが売っていて、これがクセのある匂いで辟易した。今でも似た匂いを嗅ぐと、一瞬で船を思い出す。

 

 

鬼子

それぞれ水色とピンクのワンピースを着た双子の少女が、私を見て笑っている。

言い知れない危険を感じて、慌てて玄関から外に出てドアを閉めたが、振り返るとそこにも双子の少女がいた。重い胎を抱えながら、精一杯の速さで屋根の付いた屋上に出る。双子は白い歯を見せる笑顔のままで、普通の歩調、しかし遅れることなく近づいてくる。逡巡したものの、これしかない、と思い少女らを突き飛ばした。二人は手摺の外に落ち、下を覗くと、水色とピンクのワンピースが遠ざかっていくのが見えた。

罪悪感と安堵から大きく息を吐く。と、背中に強い衝撃を感じた。見下ろすと、膨らんだ胎から鋒が突き出ている。それがグッと上に持ち上がり、胸の悪くなるような音とともに身が裂ける。熱い血と臓物、赤黒い塊が、ビルの下に落下していった。

……私はドアを開けていた。家には誰もおらず、不安な直感が私に「屋上へ」と囁く。鍵も閉めずに飛び出し、階下へ駆け下りた。一階のエレベーターホールから向かおうとしたのだったが、途中で異様なものを見つけ、足を止めた。巨大な赤鬼の頭であった。

血や肉のような筋にまみれ、湯気が立っている。頭だけでも、その直径は優に私の背の1.5倍はあるかと思われた。何か言いたげに口を動かすが声が出ない。覗き込むと、喉には穴が開いておらず、口腔は窪んでいるだけだった。その醜怪に老いた顔を見ていて、なぜだかわからないが、これは私と妻の子だということがわかった。何かを言いたいのではなく、産声を上げているのだ、生まれたばかりであるために。

屋上へ出ると、その薄暗い庇の下から、妻が目を光らせてこちらを向いた。ああ、よかった、と言いながら駆け寄るとき、その腹が凹んでいることに気づいた。途端に踏み出した彼女の足がコンクリートにめり込んだ。プールのようになった柔らかいセメントに足をとられ、近づくことができないまま、目の前でゆっくりと沈んでいく。

換気扇と蛙のことなど

・4m四方ほどの白い小部屋。家具はない。正面奥の壁に換気扇が付いているほか、窓もなかった。

換気扇の中には両手で持つほどの大きさの、茶色の蛙が入っていて、私が覗き込んでも微動だにしない。見ていてなんだか嫌な気持ちになったが、換気扇に対してなのか、蛙に対してなのかわからなかった。私のすぐ左後ろには黒髪でおかっぱの少女(といっても高校生くらいには見えた)がいて、声を上げる。

「かーいのがかーいんじゃない?」

一瞬わからなかったが、「怖いのが怖いんじゃない?」と言ったようだ。私の恐怖心が蛙のかたちをとっているらしく、怖がることが怖いのだ、という指摘であるようだ。

アマガエルは、ブローチのようにすべすべしていて可愛い。昔は近くの池でオタマジャクシを捕まえては、育てたものだった。米粒を食べるのに口を開くさまは、見ていて飽きない。脚の生え始めが一番ワクワクした。

ポケットモンスターにオタマジャクシのキャラクターがいるが、あの腹のグルグル模様とあの透けた内臓が頭の中で一致したときは少しゾッとした。

 

・「知らないフリをしている方が犠牲がない。生贄は、どこの国にも必要だしね」

小学校低学年くらいの少年が岩の上に腰掛けている。岩が白く、空が抜けるように青い。風はなく穏やかな暖かさだったが、まだ冬、あるいは早春だったと思う。

少年の身なりはおよそ平凡で、夢から醒めた途端に忘れてしまったが、長いボロ包みを抱えていたのは記憶している。少年はそこから向こうのマンションを見てそう言った。それは私が子どもの頃住んでいたマンションだったが、この角度から見たことはないはずだし、どうしてそれとわかったか不明である。

醒めたとき、言葉よりも雰囲気の方が印象に残り、何故だか修学旅行で奈良に行ったときの気候を思い出した。空気は冷たかったのに、日差しが暖かく、早春武を歌いながら寺や古墳を巡ったことを楽しく思い出した。

鳥の囀り

鳥の鳴き交わす声が聞こえている。

邸宅の最奥は和室で、着物の袖をたくし上げ、畳に置いた洗面器に顔を入れた。水が張られているので息が苦しい。口を開けねばならず、口腔から唾液が流れ落ち、水と混じった。

隣には人が仰臥しており、微動だにしないので、生きているのかわからない。この暑さならばまさかここに死体は置くまい。そう思っていると、ぐっと後ろ髪を引かれ、息をつくことができた。綺麗ななりをした女が、いつのまにか後ろにいて、私に顔を上げさせたのだ。これが目付け役らしかった。

女は無言のまま、部屋を出て行く。ついてくるように、という意味だとわかったので、もしかすると小声で喋ったのかもしれない。午後の陽光が差し込む邸宅の、磨き上げられた板張りの廊下を渡る。階段を下り、踊り場に立ったはずが、気づくと聖堂にいた。

小鳥の囀りがそこかしこから聞こえる。それは石の壁と高い天井に反響した。ゴシック様式の吹き抜けの広場から見上げると、あちこちに子どもがいる。鳥かと思ったのは、その口笛であるようだった。微かに駆け回る音、圧し殺した笑い、その合間に、笛は完全に明瞭な音質で鳴りわたる。

目付け役が振り向くので何気なくその顔を見て、ぞっとした。年を取っている。にわかに目を怒らせてこちらに戻ってくるので、慌てて横の廊下に入った。子どもたちの合図が盛んになった。蝙蝠は超音波で距離を見るというが、この口笛もその類なのでは、と思いつく。目付け役と子どもたちのどちらを恐ればいいのか、判断しかねた。

と、暗い廊下の奥から蹄の音が聞こえ、黒馬に乗った少年が姿を現した。左手で手綱を掴み、右手はまっすぐに前方、つまり私の来た方を指している。

あの指のさす方を……。

それを注視していれば、この窮地を切り抜けられるという直感があった。

馬に掴まり、指の示す方に顔を向ける。外へ続くトンネルのように、背後は暗く、行き先は明るかった。