首なし
洗面所で顔を洗って何気なく鏡を見ていると、小刀を持った腕がすうと伸びてきて、私の首を落とした。
あんなに小さな刃でよく切り落とせたものだ。首が落ちたはいいが、死にはせず、苦しくもないので妙である。目が無いはずなのに、鏡の中には首のない自分が見える。どうやら出血もないようだ。痛くないとはいえ、断面を観察する気にはなれない。痕もなくつるんとしていたら不気味ではないか。
小刀の持ち主は、腕しか見ていないのでわからないし、頭がないのでじっくり考えることもできない。居間に行くと、家人たちはそれぞれのしていることに必死で没頭している。
「首がとれちゃった」
そう話しかけたが、皆、ちらと目を上げるとすぐに手元に視線を戻し、「ふうん」というだけである。ここでは首がないのはそう珍しくもないらしい。ただ、自分以外に首なし人間を見たことは今までなかったし、なぜわざわざ切り落とされたのかも気になる。我が家の人間は普段ならそんなことをしないと思うが、生返事を返すきり目を合わせないのはいささか怪しい。
家人ではないとすれば、外から来た誰かだろう。そういえば腕が白く、細すぎたような気もするが、考えようとすると疲れてしまうので止めた。
首がないと食べることができないのが心配だが、先ほど声を出せたことを思い出した。発声するくらいの小さな穴が空いているのかもしれない。そうであれば、そこからスープを飲むことくらいならできるであろう。そのほかに不便な点は、これといって思いつかない。
ただ、目立つことが嫌いなので、外を出歩くのは難しくなる。もしかすると首なしの方が普通なのかもしれないが、そうすると互いをどう見分けるのだろう。
ぼんやり思いを巡らすうちに、突然意識が清明になり、病院に行くべきだと思った。家人は皆、無言で何かに集中している。一人で行きたいところだが、この状態で外を出歩くのはとても不安だ。