備忘録

夢とか白昼夢とかのメモを薄くしたり濃くしたりしたやつだよ。カルピスと一緒だね。

小銭おばけ

  朝の通勤電車ときたら、芋を洗うどころの話ではない。血で血を洗う戦場のごとき混雑である。乗車率は200%に達し、荷物の代わりに網棚に寝そべった方がまだましだと思われた。とはいえ皆、不幸にも常識を持ち合わせてしまったがために、大人しくすし詰めになって電車に揺られるのである。

  私のくたびれた財布に包まれているのは、呪いのかけられた100円玉である。呪われているのは先ほど、改札を通るときに気づいた。誰に教えてもらったわけでもなく、唐突にその考えが頭に浮かんだのだ。これが天啓というやつだろうか。

  そうしたわけで今、私の斜め後ろには、妖怪がいる。この100円玉に取り憑いているのだ。その存在には、乗車してから気づいた。図体は長く、体色は白。触ってもいないのに、ベタベタしているのがわかる。目元は暗く窪み、表情は読み取れない。

  よく見なかったので細かい造形はわからない。目を合わせると距離を詰められそうな気がして、視界の端にギリギリ入れるくらいで観察した。

  この100円玉を乗客の誰かと交換してもらいたいのだが、誰に訊いても小銭は持っていないという。呪物を交換してもらう身として、甚だ自分勝手ではあるが、小銭くらい持っておけと言いたい。札束で横っ面を張られるよりも、いま欲しいのはたったの100円玉なのだ。

  運良く交換してもらえても、染み付いた呪いは解けきれないので、あと何回かは交換してもらわないといけないらしい。お化けは移動速度が亀のように鈍いが、こちらとて満員電車を素早く移動することはできない。人を押しのけて舌打ちされながらも、何とか移動を続けないと捕まってしまう。

  自分がどの辺りの車両に乗ったか、思い出せない。向かっているのが反対側の端のなら良いが、もし次の車両が行き止まりだったらどうすればいいだろう。それまでに次の駅についてくれればいいのに、先程から止まる気配はない。