備忘録

夢とか白昼夢とかのメモを薄くしたり濃くしたりしたやつだよ。カルピスと一緒だね。

宇宙の干渉

突然、立っていられないほどのGがかかり、それがなくなると今度はエレベーターが降下するときのような、鳩尾にくる浮遊感があった。

窓の外が暗くなっていて、遠くに地球が見える。ここは宇宙船の内部で、たった今、地上から宙へ噴射されたのだ。「地球は青かった」という言葉があるが、思っていたより黄味がかった色で、見ようによっては灰色とも言える。

少しすると重力を調整したのか、碁盤状に模様の入った床に足を下ろすことができた。入り口のパネルには擬似的な乱数が表示され、拍動とおよそ同じスピードで切り替わっている。ここから入ってきた記憶はなかったので、たぶんUFOの絵でよく見るように、床が開くようになっているのだろうなと思った。

乗組員は数名いて、全員が宇宙的な力によるなんらかの「干渉」を受けていた。私への干渉は「ランダムに時空間へ排出すること」だ。船内にいたと思ったら次の瞬間には地上の……これが本当に私の地球なのか、判別できなかったが……どこかに出没して、そこで「いままでここにいたかのように」振る舞わねばならない。私が現れたのが、バレてはならないらしい。

コミュニケーション上の問題は私の与り知らぬ技術によってクリア済みだったが(翻訳コンニャク的なものを服用していたのであろう)、その場の空気や文脈を読んで整合性を保つのは困難である。誰かは私がいることを不審に思ったはずだ。そのとき「神出鬼没」の言葉ができたのではないかと思った。

一度のジャンプですっかり体力を消耗する。膝をついて喘いでいると、周りの人間も同じ状態であることに気づいた。透過性が高いパネルでブースのように仕切られているので、その影は幽霊を鏡の間に写したように見えた。一瞬、全て自分の鏡像でないかと思ったくらいだ。

ようやく、この宇宙船がどこかへ向かうわけではないと気づく。つまり地上では危険な実験なので、安全面からこの場所が選ばれたのだ。

ナツメのことなど

・銃で後頭部を撃ち抜いて「ナツメには何もないのか」と尋ねる

ナツメって誰だ、というか何だ……と思ったがそれを訊く機会はなかった。それにしても撃ち抜かれた人はなんだったのだろう、この人に訊くのが1番有意義だったと思われる。激昂すると的確な判断力を欠くので、こんなことになったのだろう。

頭部は撃たれたり何か刺さったりしても、案外生きているものだと聞く。まあ恐ろしい話ではないか、自分の頭がそうならないことを願うばかりであるが、一方で鏡で見てみたいという気持ちもある。夢の中で十分なのだが。

 

・頭部ほどの鉛の塊からすぐに銃弾の製造に取り掛かる

先の「ナツメ」の白昼夢から間もないので、たぶん私の知らぬところで文脈が繋がっていたのだろう。

本当の銃弾製造法を知らないので、「鉛の塊に手を近づけてゆっくり離すと飴のように金属が延び、空中で銃弾に成型される」というビジョンであった。

知らないことについてはこのように適当な補完がなされるので、面白くはあるが、時折あまりに詳細な描写のものはそれが本当だと信じてしまうのは難点だ。このせいで多分、夢と現実の区別がつかなくなってしまうのだろう。昔のことを思い出すとき、その映像記憶が果たして「自分が見たもの」「人から聞いて想像したもの」「映画や本で見たもの(本で読んだものもしばしば映像として記憶される)」か、「夢で見たもの」か判別できないのだ。

 

・層塔の最上層に便座があり、そこに腰掛けると最下層まで降りてくる仕組み

入り口で眺めていると、エレベーター式に降りてきた人たちからなぜ教えてくれなかったのか? なぜこんな作りにしたのか? と怒られた。私には一切責任のない話なので、ハァ、と曖昧に笑った。そもそもそんなところにポツネンと在します便座を、異様さに気づきもせず、よく使おうと思ったものである。少しは危機感を持って、ズボンを脱ぐ前に辺りを見回すと良かろう。

火を焚く男

深夜、新宿南口への高架下を歩いていると、女子大生2人が警官と言い争っていた。通り魔に遭ったのですぐ捕まえてほしい、という彼女らに、警官は取り合う気がないらしい。私は道路の反対側を歩いていたので目につかないようだったが、なるべく見つからない方がいいように思い、路地へと曲がった。

頭上には窓から窓へと洗濯紐が張られており、南欧で見た景色を思わせた。乾ききらない衣服から、時おり水が滴り落ちる。初夏とはいえ、日が落ちると半袖で歩くには少し肌寒い。どこかで大通りへ出ないと道に迷うな、と考えながらも、すでに方角がわからなくなり、闇雲に歩いた。コンクリートの壁が明るく照らされる箇所があり、何かと近づくと、道端のドラム缶で火を焚く男がいた。なぜだか知っているような気がしてよく見ると、向こうも私を認めて手を上げる。長いこと会っていなかった遠い親戚であった。

彼が燃やしているのは血のついた衣類で、たったいま人を殺して来たところだという。自首を勧めると、それはできない、と頑なに首を振った。娘さえいなければ、僕は自首する人間なんだ本当は、娘さえいなければ……、と呟いて、ドラム缶をかき混ぜた。火の粉が散り、汗が目に沁みる。

と、オールのような火かき棒を私に突きつけ、手伝ってくれないのかと囁いた。これが何かの罪に当たるのかわからないが、なんだか嫌な予感がする。指紋がついたら後々困るのではないか、こんなことなら先に掌の皮を焼いておくのだった、もしくはアリバイでもあれば……と後悔しながらも、しかし断ることも出来ず、渋々それを受け取った。

鉄に見えたその棒は木製で、見た目よりも軽く、受け渡しの拍子に少し持ち上がってしまった。それを手で払ったと誤解したのか、彼は目を見開いて私を見つめる。思わずぞっとして、咄嗟に笑うことしか出来ず、ああ、つい、軽くて、手が……と口の中で弁解した。

その後のことは、よく知らない。

 

モモンガと少年のことなど

・紙袋にモモンガの死骸を入れて持っていた少年が、そのことを指摘されて袋を覗き込み、「生きていたんだ、生きていたんだね」と泣く

中身を見せてもらえなかったのだが、本当に死んでいたのだと思う。この少年は、死んでいることがバレたら取り上げられると思ったので、嘘を吐いたのだろう。あるいは、本当に生きていると思ったのだろうか、異臭がしたので分かりそうなものだが……。

死んだら取り上げられる、というのはなんとなくピンとこない感覚である。まあ家庭によるのだろうが、我が家では死んだ動物は皆で埋めたり、火葬場に持って行ったりした。しかしその名残、羽や骨には手元に置きたかったので、これは「死骸でも持っておきたい」という感情の延長なのだろう。

 

・倒れて死にかけた人を拾ってはその脚を折り、「何しろこうすりゃ箱に詰めやすいって寸法だ」という清掃のおじさん

清掃のおじさんだと思ったが、むしろ釣り師のような出で立ちである。大きなカートを牽いており、積まれた箱には全て、脚の折られた人が入っているのだろう。

人の脚は想像より脆く、これを書きながら想起したのは、銀河鉄道の夜である。確か鷺だったと思うが、それを飴細工の如く畳んでしまうのだ。

おじさんが箱に詰めた人々がどうなるのか知らないが、自分が詰められるのは避けたいものである。

 

・全身水疱だらけの小動物に触れると兵士は皆、幼稚園児になってしまう

天候の悪いなか、飛行機の群れが入港してきた。夢の中ながら、なぜ船ではなく飛行機なのか、と不思議に思う。気味の悪い外来生物が運ばれてきたと思ったら、全身に水疱を吹き出した。と、見る間に飛沫を浴びた兵士たちの身体が縮む。あまりに素早いので、がらりと辺りの見晴らしが良くなった。児童らは唖然として、何が起きたかわかっていない様子である。

小さな頃に見た恐怖漫画のせいで、「水疱だらけ」というのは今も夢に見るくらい恐ろしい。

鯨と海上古代都市

またしても追われている。これも仕事の一環なのかもしれない。

長い髪を帽子に隠して変装した少女と、都内の某私鉄ホームで待ち合わせていた。電車から飛行機に乗り換え、手首につけたPDAで他所にいる仲間とやり取りする。敵に見られてもいいよう、文面を工夫し、あらかじめ決めてあった信号で送りつける。今回の我々の任務は、鯨を敵に奪られないように、海まで送ることだった。

飛行機が着陸するとそこは大河のほとりで、巨大な鯨が泳いでいく。小さなボートに乗り込み、伴走するように河を下るが、現れた大きな滝壺に落下したせいではぐれてしまった。急流に揉まれるうちに失神したのか、気づくと海上にいた。晴天の下、遠くに煌めくものが見える。ボートを漕いで近づくと、それはアステカ黄金文明の名残であった。

写真でしか見たことがないのだが、フィリピンの家屋に似ている。遠浅の海の上に木組みの足場があり、その上に築かれた遺跡なのだった。水中眼鏡で覗くと色とりどりの熱帯魚が泳ぎ、岩場の集光模様が美しい。例の鯨はどこに行ったかわからなかった。

突然、建物の陰から巨大なライオンが現れる。急いで壁と屋根のついたボートに乗ろうとするが、私は間に合わず、海に飛び込む。ライオンは泳いで後を追ってくる。プロペラ音が聞こえたかと思うと、上空からヘリコプターが急降下し、緑の髪の人が私に手を差し出した。これがたぶん、先程から通信していた相手なのだろう。鯨がどこに行ったのか、ここの住民に訊くようにとの指示を受ける。まだ人が住んでいるとは驚きだ、こういうものは住めないようになっているのが普通ではないだろうか。

陸地で降ろしてもらってから再び舟で岩陰に着くと、出迎えた子どもたちがお菓子をくれた。こちらの仲間も、いつのまにか全員、子どもになってしまっている。話しかけても要領を得ないのだが、どうやらここに大人はいないらしい。道標を失って、途方にくれた。

 

青い立方体のことなど

・男が青い小さな立方体の集合を抱えて正座する女を覗き込み、「どうしてこんなに怒らせることができたんだ?」と驚く

私が怒らせたので、それが立方体の青の輝度で判別できたらしかった。この立方体は模型のような、枠だけのもので、光ファイバーなのか電気のように明るく輝く。覚めてから思ったが、怒りの色といえば赤ではないだろうか。ナウシカのオームならそうである。

ごく偶に「怒らない人」がいる。本心では怒っているのか知らないが、少なくとも周囲に悟られない人である。これを「輪廻の最後に人間をやっていて、次で上がりの人」と表現した人がいて、なるほどと思った。身近に2人ほどいるが、まさにそんな雰囲気がある。

私自身は、随分怒りっぽくなった自覚がある。昔はすぐに次のことに目移りするため、怒の持続力がなかったのだ。良く言えば精神的に身軽、悪く言えば注意散漫だったのだろう。まあ集中力は今でもないのだが……。

怒の感情は「おこる」ではなく「いかる」だ。「ぬる」と言うと穏やかな感じがある。

 

・「命乞いする声が、まるで美しい調べのようで……」

幼稚園児くらいの少年であった。命乞いの意味がわかっているのか怪しいというか、少し心配になるフレーズだ。

「楽」という字は「らく」と読むとき心が愉しく安らいでいるさまを、「がく」と読むとき音が調べになっているさまを言う。冒頭の言葉の場合、「楽(らく)」を求める声が「楽(がく)」になっているのが少し面白い。

 

・「ンンンンンンンンンンンンンンン♪だまーっていたって何にもわからない♪」

今も歌える。ファミリーマート入店時のチャイムに似ていて、おそらく本当にある曲を覚えていたのが記憶から漏れ出したのだろう。

こういうタイプの白昼夢は、実際に声に出して歌っていないか、不安になってしまう。指摘されたことはないが、いきなり歌い出すやつに話しかけないだけかもしれない。私ならしない。

ヒヨコ売り

これ以上駆けたら肺と心臓が喉から出てしまう、というくらいに、無我夢中で走っていた。

空は黄ばんだ灰色で、雨が降る前の夏の夕暮れなのだろう。辺りは異様に静かだった。大勢が息を潜めているような気配だけがあり、見張られているのが感ぜられた。

小学校の低学年まで住んでいたマンションに似て3つの棟があるが、階段を上るにつれ、廃ビルのような様相を呈してきた。私を追うスーツの人間たちは、今は姿が見えないものの、すぐそばに迫っていることはわかる。

ときおり夢特有の、足取りの粘つく感覚があり、気ばかりが焦る。この現象がランダムに起こるのか、私の知らない何らかのルールに則っているのかがわからない。

長い廊下を通っていくと、突き当たりの壁が緞帳のようになっており、足を踏み入れると町屋に放り出された。

入ったすぐ右の角に、ヒヨコ売りが屋台を出していた。ピンクや青、蛍光緑のヒヨコがひしめいている。夜店のヒヨコは着色されていると聞いたことがあり、ああ、これがそうかと思った。祭でもないのに商売をしている男は、覗き込む私に2羽ほど掴んで差し出した。それを受け取ってポケットに突っ込み、また走る。

急な段差を数度跳び降りるうちに、いつのまにか家並みは消えて、暗い路地に入ってしまった。壁中を配管が走り、足元が泥濘む。

そこを抜けるとマンションの外に出た。左手に建物を見ると、右は駐車場につながる急な斜面の林である。昔はそこに秘密基地をつくったものだった。ブランコや砂場のある小さな公園がたぶんゴールで、もうすぐに見えてくるはずだった。

突然、またしても時間が狂う。走ろうとしているのに足取りが重く、駆けていくイメージが空回りしている。飛行機に乗ったときのような耳鳴りがした。やはり捕捉されていたようで、もうほんの数歩、すぐに後ろに迫っている。心臓が全身に血を送り出すのを感じる。捕まる前に死んでしまうのではないかと思う。