ロボット女と黒服男
「エン(ム)、アキドに交替」
突然耳元で命令が出た。たぶん通信機をつけていたのだろう。コンクリート打ち放しの建物の階段を下る。広い踊り場に2つの影を認めて指示を待つが、故障したのか音がしない。カメラから死角なのかもしれない。
1人は中年女で、ロボットのような、とにかく生身の人間ではないように見える。耳下辺りで揃えたグレーの髪に、上品な紫のシャツを着ている。
もう1人は年齢不詳の黒服男で、女の方が強そうなのに、雰囲気だけはこちらがボディガードだった。身の丈は目測で2m弱といったところである。
「一気に40階へ」
女は言うなり、壁を足場として、道を塞ぐ私をすり抜けようとする。コンクリートに豪脚を打ち込むのだが、音の割に床は微動だにしない。丈夫な建築物なのだ。
本当なら怖くて足がすくむのだろうが、ここで、自分はもう人間でないことを思い出した。クロム製の骨格ならば、そう簡単には折れないはず。まあ表面の血肉は自前なので、多少貧血になるかもしれなかったが……。
指示を待っていては上に行かれてしまうので、仕方なく待機状態を無視して、相手を壁から叩き落とした。
はずみで相手の口蓋から上が吹き飛び、舌根が露出する。
「あハァ」
最後の正常な呼気が器官から漏れ出ると、あとは明るいピンク色の液体が喉をぜるぜると鳴らした。歯並びの良い下顎がよく見える。何か言いたげであった。たぶん、脳は胴体に格納されているので意識はまだ晴明なのだろう。
黒服男は、女の頭部が弾けてから動かなくなっていた。てっきり私は裏をかくためのいでたちかと思ったが、裏の裏をかくつもりだったのだろうか。もしかするとこちらがロボットで、私がいま殺した彼女こそ、本当は人間だったのかもしれない。しかしまた起き上がる可能性もあるので手足をもぐことになっており、それを男に見せるのは少し気の毒だった。