備忘録

夢とか白昼夢とかのメモを薄くしたり濃くしたりしたやつだよ。カルピスと一緒だね。

蛇口から顔

幼稚園から小学校にかけて、風変わりな老人のアトリエで、絵を習っていたことがある。習ったといっても技術を教えてくれるわけではなく、週に一度アトリエに行っては、好きな絵を描いて帰ってくるのだった。生徒たちも、絵というよりは脳味噌のような迷路ばかりを描いていた。

それよりも記憶に残る教わったものは、カエルの調理法や、風の強い日に傘で飛ぶ方法だった。指先をこすって、煙を出すことのできる先生だった。引っ越してしばらくは年賀状のやり取りをしていたのだが、この十年ほどは送っていない。

同じ教室に通う友人姉妹がいた。姉の方は、確か私より一つ年上だったと記憶する。妹は、それよりもいくつか年下であった。毎週一緒になるわけではないが、展示会などがあると一緒に行ったし、幼稚園に親子で迎えに来てくれたこともあった。

この親、つまり姉妹の母親にあたる人だが、首筋のすっきりした黒髪の、綺麗な笑顔の人であった。私は何故だかこの人のことが恐ろしく、それは見たことのないような笑顔だったからだと思うが、今思うと少し作り笑いのような感じなのだった。

ある夏の暑い日であった。幼稚園が休みの日に、亀の世話をしに来た私は、水を飲もうと水道の蛇口を回した。その日初めてひねられたであろう蛇口は、一瞬の間をおいて、水を吐き出した。が、よく見ると黒いような……、

出てきたのは真水ではなく、おびただしいオタマジャクシであった。仰天した私は飛び退ることもできず、その場に縫い止められたように固まった。一匹一匹のオタマジャクシには全て顔が付いていて、それはまさしくあの、友人姉妹の母親の顔なのだった。

流しいっぱいにぬらぬらとうねるオタマジャクシの大群は、少し笑っているように、口角を持ち上げていた。小学生の時分に美術史で習ってから、ああいう笑顔をアルカイックスマイルというのだと知ったが、この時は笑顔が宇宙人のように思えて不気味であった。