備忘録

夢とか白昼夢とかのメモを薄くしたり濃くしたりしたやつだよ。カルピスと一緒だね。

ホウキギで飛ぶ先生

  昼下がりの晴れた日だというのに、視界は青いフィルターをかけたような色合いだ。元の色を知っているから赤を「赤」、黄を「黄」と判別できるが、初めて見るものは全て青いものとして認識される。この天気のときにはツキが回ってくる。何かをするには、晴れているうちに限る。

  いつも来る公民館は、二階建ての曲線的なフォルムで、上から見ると空豆のような形をしている。昔住んでいたマンションの、集会所に雰囲気が似ている。その内側、やや窪んだ面は全面ガラス張りで、中庭がよく見えるはずだ。

  正面の入り口に立つと、反対側から眺めるよりも幅のある建築物に見える。住宅地の割に、周囲に人影はない。鍵を持っていないので正門で先生を待つのも、いつものことであった。

  先生は飛行術を使える。あまり大っぴらに言ってはいけないことになっているので、他人に話す際は「絵を習っている」ことにしている。先生に言わせれば、絵を描くのは空を飛ぶようなものなので、嘘は言っていないという。

  魔女のように箒で飛ぶが、使うのは柄が1束ほどのものだ。ホウキギという植物があるが、あれを逆さに股間に構えて飛ぶのをイメージするとわかりやすい。ずいぶん間の抜けた姿である。私はまだ1mも浮くことができないが、先生は自在に飛べるという。その割に飛んでいる姿を見たことがない。

  見たことがないといえば、先生の顔もそうだ。少なくとも初回の挨拶に行ったときは顔を合わせたはずだが、その造形が記憶にない。習い事のときでさえ、顔を見ずに会話をする。もしかすると、見てはいけないことになっているのかもしれなかった。また、声の雰囲気も覚えられない。そういうわけで性齢も知らずにいる。

  先生は、私を待たせておいて公民館に来ないこともある。忘れているのか、それともわざとなのかわからないが、連絡手段がないので、景色が青くなくなる頃には諦めて帰ることにしている。