備忘録

夢とか白昼夢とかのメモを薄くしたり濃くしたりしたやつだよ。カルピスと一緒だね。

鳥の囀り

鳥の鳴き交わす声が聞こえている。

邸宅の最奥は和室で、着物の袖をたくし上げ、畳に置いた洗面器に顔を入れた。水が張られているので息が苦しい。口を開けねばならず、口腔から唾液が流れ落ち、水と混じった。

隣には人が仰臥しており、微動だにしないので、生きているのかわからない。この暑さならばまさかここに死体は置くまい。そう思っていると、ぐっと後ろ髪を引かれ、息をつくことができた。綺麗ななりをした女が、いつのまにか後ろにいて、私に顔を上げさせたのだ。これが目付け役らしかった。

女は無言のまま、部屋を出て行く。ついてくるように、という意味だとわかったので、もしかすると小声で喋ったのかもしれない。午後の陽光が差し込む邸宅の、磨き上げられた板張りの廊下を渡る。階段を下り、踊り場に立ったはずが、気づくと聖堂にいた。

小鳥の囀りがそこかしこから聞こえる。それは石の壁と高い天井に反響した。ゴシック様式の吹き抜けの広場から見上げると、あちこちに子どもがいる。鳥かと思ったのは、その口笛であるようだった。微かに駆け回る音、圧し殺した笑い、その合間に、笛は完全に明瞭な音質で鳴りわたる。

目付け役が振り向くので何気なくその顔を見て、ぞっとした。年を取っている。にわかに目を怒らせてこちらに戻ってくるので、慌てて横の廊下に入った。子どもたちの合図が盛んになった。蝙蝠は超音波で距離を見るというが、この口笛もその類なのでは、と思いつく。目付け役と子どもたちのどちらを恐ればいいのか、判断しかねた。

と、暗い廊下の奥から蹄の音が聞こえ、黒馬に乗った少年が姿を現した。左手で手綱を掴み、右手はまっすぐに前方、つまり私の来た方を指している。

あの指のさす方を……。

それを注視していれば、この窮地を切り抜けられるという直感があった。

馬に掴まり、指の示す方に顔を向ける。外へ続くトンネルのように、背後は暗く、行き先は明るかった。